まずは、NPSという言葉の定義と、なぜ今採用現場でこれほどまでに注目されているのか、その背景を整理しましょう。単なる用語の理解にとどまらず、実務でどう活きるかという視点で解説します。
NPSとは「Net Promoter Score(ネット・プロモーター・スコア)」の略称です。もともとは顧客ロイヤルティ、つまり企業やブランドに対する愛着や信頼の度合いを測る指標として開発されました。
測定方法は非常にシンプルです。「あなたは当社の選考を受けることを、親しい友人や知人にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問に対し、0点から10点の11段階で回答してもらいます。
満足度調査で「面接はいかがでしたか?」と聞かれると、多くの日本人は角が立たないように「まあ満足した」「普通」といった無難な回答を選びがちです。その結果、「アンケート上の満足度は高いのに辞退される」という矛盾が生じます。
一方でNPSは、「友人にすすめたいか?」と問います。自分の大切な友人に紹介するとなれば、そこには責任が伴います。本当に良いと思っていない限り、高い点数はつけられません。
辞退理由や選考離脱の原因が「なんとなく」ではなく数値とコメントで特定できるため、ピンポイントで対策を打てます。結果として、無駄な採用コスト(CPA)を抑制できます。
NPSが高い「推奨者」が増えるということは、自社を勝手に宣伝してくれるファンが増えることを意味します。社員紹介や知人紹介といった、コストのかからない採用チャネルが自然と育っていきます。
不満を持った「批判者」の声をアンケート段階で拾い上げ、誠実に対応することでガス抜きができます。これにより、OpenWorkや転職会議といった口コミサイトへの悪評書き込みを未然に防ぐことができます。
【実用】失敗しない「採用NPS」の質問設計と調査タイミング
NPS調査を成功させるために最も重要なのが「質問設計」と「タイミング」です。
データ分析の世界には「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)」という言葉があります。どんなに高度な分析手法を用いても、元のデータが不正確だったり、的外れなタイミングで収集されたりしていれば、そこから正しい洞察は得られません。
ここでは、候補者の本音を正確に捉えるための具体的な設計方法を解説します。
調査を行うべき3つのタイミング

採用プロセスは長い旅のようなものです。すべての接点で調査を行うと候補者の負担になるため、心が動く重要なタイミング(Moment of Truth:真実の瞬間)に絞って実施するのが効果的です。
具体的には、以下の3つのタイミングが推奨されます。
タイミング1: 初回接触時(会社説明会やエージェント面談の直後)
ここでは「第一印象」と「初期の魅力付け」が成功したかを測ります。候補者が自社の理念やビジョンに共感してくれたか、あるいはエージェントの紹介内容に齟齬がなかったかを確認し、その後の選考辞退を防ぐための布石を打ちます。
タイミング2: 選考プロセス(各面接の直後)
候補者体験(CX)が最も大きく変動するのがこのタイミングです。面接官の態度、質問の質、逆質問への回答などが、候補者の志望度に直結します。面接が終わったその日のうちにアンケートを送ることで、記憶が鮮明な状態でのリアルな評価を取得できます。
タイミング3: 内定承諾・入社時(オンボーディング)
ここでは、選考プロセス全体の総括と、入社への意欲を確認します。この時点でのNPSスコアは、入社後の従業員エンゲージメント(eNPS)の先行指標となります。もしここでスコアが低ければ、入社直後の早期離職(リアリティショック)のリスクがあるため、入念なフォローが必要です。
そのまま使える!具体的な質問テンプレート

NPSの質問はシンプルであるほど効果的です。複雑な設問は回答率を下げ、本音を隠させてしまいます。
明日からすぐにGoogleフォームなどで実装できる、基本のテンプレートをご紹介します。
| 項目 |
質問内容
|
| 必須項目1:コア質問 |
Q. あなたはご友人に、当社の選考を受けることをどの程度おすすめしますか?0〜10点で評価してください。 (0:まったくすすめない 〜 10:強くすすめる)
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必須項目2:要因質問 (フリーコメント) |
Q. その点数をつけた主な理由を教えてください。 (例:面接官の対応、連絡のスピード、オフィスの雰囲気など、どのようなことでも構いません)
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| 任意項目:属性質問 |
Q. あなたの職種(または志望職種)を教えてください。 Q. 転職活動で最も重視しているポイントは何ですか?
|
属性質問を組み合わせておくことで、後から「エンジニア職はスコアが低いが、営業職は高い」といったクロス集計が可能になり、課題の解像度が上がります。
【注意】回答率を高め、本音を引き出す運用ルール
アンケートを実施する際、候補者が最も懸念するのは「正直に答えると選考に不利になるのではないか」という点です。この心理的なバリアを取り除かない限り、耳障りの良い建前の回答しか集まりません。
本音を引き出すためには、アンケートの冒頭や依頼メールに、以下の3点を明記してください。
- 選考結果には一切影響しないこと(アンケート担当と採用判定者が別であることの説明)
- 統計データとして処理され、個人の特定はされないこと(匿名性の担保)
- より良い採用活動のために活用すること(目的の透明性)
また、アンケートへの回答体験そのものも、候補者体験の一部です。回答に10分もかかるような長いアンケートは、それだけで企業の印象を悪化させます。
設問数は最大でも5問程度に絞り、スマートフォンから1〜2分で回答できる設計を心がけてください。候補者の時間を奪わない配慮こそが、高いNPSスコアへの第一歩となります。
データを宝に変える!採用NPSの分析手法とスコアの読み解き方
苦労してアンケートを回収しても、集計した数字を眺めるだけでは採用活動は改善しません。
集まったデータは、磨き上げることで初めて価値を持つ原石のようなものです。ここからは、回収したNPSデータをどのように読み解き、具体的な課題特定につなげるか、その分析手法を解説します。
日本人特有の「中心化傾向」と目標設定
NPSを導入した直後の企業の多くが、算出されたスコアの低さに衝撃を受けます。マイナスの数値が出ることは決して珍しくありません。
しかし、スコアがマイナスだからといって悲観する必要はありません。これには日本人特有の「中心化傾向」という回答特性が深く関係しているからです。
日本人の回答者は、極端な評価を避ける傾向があります。「不満はないけれど、友人に強くすすめるほどでもない」と感じたとき、欧米人が7点や8点をつける場面でも、日本人は5点や6点を選びがちです。
NPSの定義上、0から6点はすべて「批判者」に分類されます。そのため、日本国内の調査では構造的に批判者の割合が増えやすく、平均スコアがマイナスになりやすいのです。
事実、SurveyMonkeyが実施した調査によると、調査対象の9か国(ブラジル・インド・オーストラリア・アメリカ・イギリス・カナダ・フランス・オランダ・日本)のうち、日本が最もNPSが低いという結果となりました。
したがって、目標設定において他社平均やグローバル基準を気にしすぎるのは得策ではありません。
「属性(セグメント)×スコア」で課題を特定する
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全体の平均スコアだけを見ていても、具体的な対策は見えてきません。データの解像度を上げるためには、属性(セグメント)ごとのクロス集計が不可欠です。
例えば、職種別でデータを切り分けてみましょう。営業職のNPSはプラス10ポイントなのに、エンジニア職はマイナス40ポイントだったとします。この場合、全社一律の研修をするよりも、エンジニア採用の選考フローを見直す方が先決であることがわかります。
他にも、以下のような切り口での分析が有効です。
| 切り口 |
分析の仕方 |
| 面接官別 |
特定の面接官だけスコアが極端に低い場合、その人物の態度や質問力に課題がある可能性が高いです。 |
| エージェント別 |
紹介会社ごとのスコアを比較します。スコアが低いエージェントは、事前の説明と実際の選考にギャップ(ミスマッチ)が生じている可能性があります。 |
| 選考フェーズ別 |
一次面接は好評でも、最終面接でスコアが急落しているなら、役員クラスの面接対応にメスを入れる必要があります。 |
定性分析:フリーコメントから「サイレントマジョリティ」の声を聞く
NPS調査において、点数以上に価値があるのが「フリーコメント(自由記述)」です。ここには、候補者がわざわざ言葉にしてくれた「企業の強み」と「改善の種」が詰まっています。
特に注目すべきは、批判者(0〜6点)が残したコメントです。
- 「面接官が高圧的で、話を聞いてくれなかった」
- 「合否連絡が2週間もなく、放置されていると感じた」
- 「オンライン面接の通信環境が悪く、説明が聞き取れなかった」
これらは、普段は表に出ることのない「サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)」の本音です。NPS調査を実施していなければ、これらの不満は解消されることなく、OpenWorkや転職会議といった口コミサイトに書き込まれていたかもしれません。
コメントを分析する際は、「面接官の態度」「連絡スピード」「説明の分かりやすさ」といったカテゴリーに分類し、出現頻度の高いものから優先的に対策を打ちます。
ここでの不満を早期に検知し、誠実に改善することは、将来の炎上リスクを防ぐための最も効果的なワクチンとなります。
採用NPSの分析結果を「採用力強化」につなげる具体的アクション
分析によって課題が明らかになったら、次はいよいよ改善アクションに移ります。
NPS導入のゴールは、スコアを測定することではありません。測定結果を基にPDCAサイクル(クローズドループ)を回し、候補者体験を向上させ続けることにあります。
ここでは、明日から着手できる具体的な改善策を3つの視点から解説します。
面接官・リクルーターのスキル標準化
最も即効性があるのが、面接官やリクルーターの「個」のスキルに対するアプローチです。
採用NPSのスコアが低い組織の共通点は、面接官ごとの質のバラつきが大きいことです。「Aさんの面接は感動したけれど、Bさんの面接は圧迫的だった」というギャップが、企業全体の信頼を損ないます。
対策として、NPSスコアが高い「ハイパフォーマー面接官」の行動特性を言語化し、マニュアル化することから始めてください。彼らがどのようなアイスブレイクを行い、どのような言葉で自社の魅力を語っているか、その録画データは全社にとっての貴重な教材になります。
一方で、スコアが低い面接官に対しては、批判者からのフィードバックを具体的に伝えます。「話す時間が長く、こちらの話を聞いてくれなかった」といったコメントを事実として伝えることで、自身の振る舞いを客観視させることができます。
個人の感覚に頼っていた面接スキルを、データに基づいて標準化することで、誰が担当しても高品質な候補者体験を提供できる組織へと変わります。
採用プロセスのオペレーション改善
NPSスコアを左右するのは、面接の内容だけではありません。合否連絡のスピードや事務連絡の丁寧さといった、選考プロセスのオペレーション(運営)も重要な評価対象です。
例えば、「面接後の結果連絡が遅い」という不満は、NPSを大きく下げる要因になります。リクルートワークス研究所の調査でも、連絡が遅い企業に対して候補者の志望度は著しく低下することが示されています。
具体的な改善策としては、以下のようなタッチポイントの見直しが有効です。
| タッチポイント |
改善策 |
| 連絡スピード |
原則として24時間以内に返信するルールを徹底する。 |
| オンライン環境 |
接続トラブルがないよう、通信環境やマイク機材を整備する。 |
| 待機時間の対応 |
面接開始までの待ち時間に、会社紹介動画を見せるなど退屈させない工夫をする。 |
候補者NPSから「従業員NPS(eNPS)」への接続
最後に、採用担当者が目指すべきゴールについてお話しします。それは、入社前の「候補者NPS」と、入社後の「従業員NPS(eNPS)」を一気通貫で管理することです。
「採用NPSは高いのに、入社後のeNPSが低い」という状態は、企業にとって最も危険なシグナルです。これは、入社前に過度な期待を持たせてしまい、入社後に「話が違う」というリアリティショック起きていることを意味します。このギャップは、早期離職に直結します。
理想的なのは、入社前の期待値と入社後の実感が一致しており、両方のスコアが高い状態です。
そのためには、採用チームと入社後のオンボーディングチームがデータを共有し合う必要があります。「採用段階で何を魅力に感じていたか」というデータを配属先の上司に引き継ぐことで、入社後も一貫したフォローが可能になります。
採用から定着までを一貫したストーリーとして捉え、人事全体で体験価値を高めていくことこそが、強い組織を作るための本質的な戦略です。
採用NPSに関するよくある質問(FAQ)
最後に、これから採用NPSを導入しようと検討されている方からよくいただく質問に回答します。運用の現場で迷いやすいポイントをまとめましたので、参考にしてください。
まとめ:NPSは「愛される企業」になるための重要データ
ここまで、採用活動におけるNPSの活用法について、基礎知識から具体的な改善アクションまで解説してきました。
NPSは単なる数値管理のツールではありません。その本質は、候補者一人ひとりの体験に耳を傾け、誠実に向き合おうとする企業の姿勢そのものです。
「面接してやっている」という上から目線の企業には、低いスコアと厳しいコメントが集まるでしょう。一方で、「数ある中から自社を選んでくれた」という感謝を持つ企業には、高いスコアと熱意あるファンが集まります。
NPSという羅針盤に従って候補者体験(CX)を磨き続けていけば、必ず「内定承諾率の向上」や「優秀な人材の確保」、そして「入社後の定着」という成果につながります。
まずは、本記事で紹介したテンプレートをコピーして、次回の面接後にアンケートを送ってみてください。その小さな一歩が、あなたの会社の採用活動を「愛されるブランド」へと変える大きな転換点になるはずです。