「求人媒体に高い掲載費を払っても、ターゲットからの応募がまったく来ない」
「やっと内定を出しても、条件の良い他社にあっさり辞退されてしまう」
売り手市場が加速する今、これまでの「待ちの採用」に限界を感じて頭を抱えている人事担当者は少なくありません。
特に、大手企業や知名度の高い競合と比較して「ウチには学生や求職者を惹きつけるような、誇れる魅力がない」と自信を失ってしまう方もいます。しかし、採用がうまくいかない原因は、会社の魅力そのものではなく、戦う場所と伝え方が少しズレているだけであるケースが大半です。
この記事では、マーケティングの基本フレームワークである「3C分析」を採用活動に応用し、自社だけの「勝ち筋・採用戦略」を導き出す方法を解説します。
弊社が採用コンサルティングの現場でも実際に使っている「プロの分析プロセス」を、専門用語を使わずに誰でも実践できるよう体系化しました。
この記事を読み終える頃には、感覚や経験則頼みの採用から脱却できます。「なぜ自社が選ばれるのか」を論理的に語れるようになり、自信を持って採用活動に臨めるようになるでしょう。ぜひ最後までお付き合いください。
採用3C分析とは?なぜ今、人事・採用担当者に必要なのか
採用活動における3C分析とは、採用市場において自社が勝てるポジションを見つけるための戦略的フレームワークです。
元々は経営戦略やマーケティングで使われる手法ですが、近年では採用難易度の高まりを受け、人事・採用領域でも必須のスキルとなりつつあります。ここではまず、3つのCの定義と、なぜ今この手法が不可欠なのかを解説します。
採用における「3つのC」の定義

3C分析は、以下の3つの要素の頭文字をとったものです。マーケティング用語をそのまま使うのではなく、採用の実務現場で使う言葉に翻訳して理解しましょう。
| 3つの”C” |
採用の実務現場では何を指すか |
| Customer(市場・顧客) |
自社が欲しい人材(ターゲット)は誰で、何を求めているか? |
| Competitor(競合) |
ターゲットは他にどんな会社と比較・併願しているか? |
| Company(自社) |
競合にはない、自社が提供できる価値は何か? |
重要なのは、これら3つをバラバラに考えるのではなく、相互の関係性を見ることです。たとえば、自社のアピールポイント(Company)も、ターゲット(Customer)が求めていないものであれば意味がありません。また、ターゲットが求めていても、競合(Competitor)がより優れた条件を出していれば埋もれてしまいます。
「選ばれる側」になった企業が直面する現実
なぜ今、わざわざマーケティングの手法を採用に取り入れる必要があるのでしょうか。最大の理由は、企業と求職者のパワーバランスが完全に逆転したからです。
かつては企業が求職者を「選ぶ」時代でした。しかし現在は、少子高齢化による労働人口の減少に伴い、どの業種も深刻な人手不足です。
総務省統計局のデータによると、日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少の一途をたどっており、今後もこの傾向は加速すると予測されています。単に景気が良いから人が採れないのではなく、構造的に「働き手そのもの」が減っているのです。
有効求人倍率は高止まりし、求職者が複数の企業から自分に合った会社を「選ぶ」売り手市場が定着しました。
実際に、厚生労働省が発表している「一般職業紹介状況」を見ても、有効求人倍率は1倍(求職者1人あたりに1件以上の求人がある状態)を超える水準で推移しており、企業にとっては人材獲得競争が激化している客観的な事実が示されています。
加えて、採用チャネルも多様化しています。従来の求人媒体だけでなく、ダイレクトリクルーティング、SNS採用、リファラル採用など、手法は増える一方です。
導入で得られる3つのメリット
3C分析を導入し、戦略的に採用活動を行うことで、具体的に次の3つのメリットが得られます。
メリット1: ターゲットの明確化
「コミュニケーション能力が高い人」といった曖昧な定義ではなく、ターゲットが何を重視して仕事を探しているかまで深掘りします。これにより、経営層、現場の面接官、人事の間で「欲しい人材像」のズレがなくなり、ミスマッチを防げます。
厚生労働省の調査では、新規学卒就職者の約3割が入社3年以内に離職するというデータが長年続いています。この早期離職の主な原因として挙げられるのが「仕事内容や労働条件のミスマッチ」です。3C分析による事前のターゲットすり合わせは、この数字を改善する手立てとなります。
メリット2: 差別化ポイントの発見
競合他社を詳しく分析することで、「給与では負けているが、若手の裁量権なら勝てる」「知名度はないが、福利厚生のユニークさなら負けない」といった、自社独自の強みが見えてきます。求人票やスカウトメールで訴求すべきポイントが明確になり、反応率の向上が期待できます。
メリット3: 内定承諾率の向上
自社の強みと競合の弱みを把握していれば、面接の場で「なぜ他社ではなく、自社に入社すべきなのか」を論理的に説明できます。候補者は入社後のメリットを具体的にイメージできるため、納得感を持って内定を承諾してくれるようになります。
【実践編】採用3C分析の具体的な進め方と分析項目
ここからは、実際に採用3C分析をどのように進めていくのか、具体的な手順を解説します。
分析と聞くと難しく感じるかもしれませんが、特別なツールは必要ありません。紙とペン、あるいはスプレッドシートを用意して、情報を整理していくイメージで進めていきましょう。

STEP1:Customer(ターゲット・市場)の分析
すべての戦略は、ターゲットとなる候補者を深く理解することから始まります。
ここで重要なのは、年齢や学歴、スキルといった表面的な「属性データ」だけではなく、その人が仕事選びで何を重視しているかという「心理データ」まで深掘りすることです。
たとえば「20代後半の営業経験者」を採用したい場合でも、その人が「今の会社で何に不満を感じているのか」「次の会社で何を実現したいのか」によって、響くメッセージはまったく異なります。
例えば、エン・ジャパン株式会社が行った「退職理由のホンネとタテマエ」に関する調査では、会社に伝えた退職理由は「家庭の都合」などが上位ですが、本当の理由は「人間関係」「評価制度への不満」が上位に来るという結果が出ています。表面的なデータだけでなく、こうした隠れた心理まで想像を巡らせることが重要です。
| 競合の調査項目 |
調査対象 |
| 属性データ |
年齢、性別、居住地、現職の職種・年収、保有資格など |
| 心理データ(インサイト) |
転職のきっかけ(給与アップ?労働時間の改善?スキルアップ?)、仕事選びの優先順位、将来のキャリアビジョン |
| 市場動向 |
ターゲット職種の有効求人倍率、リモートワークの普及率、競合他社の給与相場 |
ターゲットの解像度が高ければ高いほど、後の工程での精度が上がります。
STEP2:Competitor(競合他社)の分析
次に、設定したターゲットを取り合うライバル企業を分析します。
ここで多くの担当者が陥りがちなのが、「同業他社」だけを競合と見なしてしまうケースです。しかし、求職者は必ずしも同じ業界だけで仕事を探しているわけではありません。
たとえば、Webマーケターを探している場合、競合は「同じWeb広告代理店」だけでなく、「事業会社の広報部」や「ITベンチャーの企画職」かもしれません。ターゲットの視点に立ち、比較検討の対象となり得る企業を「見えない競合」まで含めてリストアップしましょう。
競合を特定したら、以下の項目を調査します。
| 競合の調査項目 |
調査対象 |
| 基本条件 |
給与レンジ、休日休暇、福利厚生、勤務地 |
| 訴求メッセージ |
求人広告のキャッチコピー、採用サイトで打ち出している強み |
| 選考プロセス |
書類選考のスピード、面接回数、内定までの期間 |
調査方法としては、求人サイトや企業の採用ページを見るのが基本ですが、それだけでは表面的な情報しか得られません。
「OpenWork」や「転職会議」といった口コミサイトで、退職者の本音やリアルな年収情報を調べるのも良いでしょう。
特に「OpenWork」のような社員クチコミサイトのデータは重要です。同機関の研究レポートでも、待遇や風通しの良さなどの働きがいスコアと企業の業績には相関関係があると報告されており、求職者もこれらの「リアルな内部情報」を企業選びの重要な判断材料にしています。
最も効果的なのは、面接に来てくれた候補者に直接聞くことです。「差し支えない範囲で、他にどのような企業を受けていますか?」「その企業のどんな点に魅力を感じていますか?」と素直に質問してみてください。これこそが、ネット検索では手に入らない貴重な一次情報となります。
STEP3:Company(自社)の分析と「リフレーミング」
ターゲットと競合の状況がわかったら、最後に自社の分析を行います。ここが最も重要なステップです。
自社の制度、風土、人、事業の将来性などを洗い出していくのですが、この段階で「ウチには他社に勝てるような強みがない」と手が止まってしまう方がいます。
しかし、強みがない企業など存在しません。あるのは「強みに気づいていない」か「伝え方がターゲットに合っていない」かのどちらかです。
ここで役立つのが「リフレーミング」という技術です。リフレーミングとは、事実を異なる視点から捉え直し、意味を変えることを指します。一見すると弱みに見える特徴も、ターゲットによっては魅力的な強みになり得ます。

| 弱み |
リフレーミング後 |
研修制度が整っていない
|
・マニュアル通りに動くのではなく、自分で考えて動く力が身につく。 ・若手のうちから裁量権を持って働ける。 |
知名度がなく規模が小さい
|
・組織の歯車ではなく、会社を創っていくコアメンバーとして活躍できる。 ・経営陣との距離が近く、意思決定が早い。 |
| 残業が多い |
・短期間で圧倒的な場数を踏み、同年代よりも早く成長できる環境がある。 (※成長意欲が高い層に対してのみ有効) |
このように、自社の特徴をターゲットのニーズ(STEP1で分析した内容)に合わせて変換してみてください。「競合は整っているが、裁量は小さい」「自社は整っていないが、裁量は大きい」。この対比構造を作ることができれば、それは立派な戦う武器になります。
採用3C分析のゴールは「勝ち筋(KSF)」の発見にある
3つの「C」をそれぞれ分析しただけでは、まだ戦略とは言えません。集めた情報は、統合して初めて意味を持ちます。
3C分析の最終的なゴールは、調査結果を組み合わせて、自社が採用市場で勝利するための「KSF(Key Success Factor:重要成功要因)」を見つけ出すことです。ここからは、分析した情報をどのように整理し、実際の採用メッセージに落とし込むかを解説します。
3つの円が重なる「スイートスポット」を見つける
まず、Customer(ターゲット)、Competitor(競合)、Company(自社)の3つの円が重なり合うベン図をイメージしてください。
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この中で、私たちが目指すべき場所はたった一つです。以下の3つの条件が重なる「スイートスポット」を探してください。
- ターゲットが求めている価値であること(Customer)
- 自社が提供できる価値であること(Company)
- 競合が提供できていない、もしくは弱い価値であること(Competitor)
こここそが、貴社が戦うべき場所です。
たとえば、「安定性」を重視するターゲットに対して、上場企業(競合)と真っ向から「福利厚生」や「給与」で勝負しても勝ち目はありません。これは競合の強みとぶつかる「レッドオーシャン」だからです。
しかし、「若いうちから大きなプロジェクトを回したい」という意欲を持つターゲットであればどうでしょうか。大手企業は「年功序列で、若手の裁量が小さい(弱み)」ケースが多いため、ここでベンチャー企業や中小企業が「入社1年目から責任あるポストを任せる(強み)」と打ち出せば、形勢は逆転します。
分析結果を「採用コンセプト」へ言語化する
勝ち筋が見えたら、それを誰にでも伝わる言葉、「採用コンセプト」に変換します。
採用コンセプトとは、「誰に」「何を」伝えるかを定義した、採用活動全体の指針となるメッセージのことです。これがないと、求人票や面接官によって言うことがバラバラになり、候補者に不信感を与えてしまいます。
先ほどの分析で見つけたKSFを基に、コンセプトを磨き上げる例を見てみましょう。
| Before(分析前) |
After(分析後) |
| 「アットホームで働きやすい職場です。やる気のある若手を募集しています」 |
「未経験から最短2年で店長へ。マニュアルに縛られず、自分の店をつくりたい20代求む」 |
| これではターゲットが不明確で、どの会社でも言えるありきたりな表現です。 |
ターゲットの野心に訴えかけ、大手のマニュアル文化との違いを明確に打ち出せています。 |
このように、3C分析で得た事実を「ターゲットに刺さる言葉」に変換して初めて、採用戦略は完成します。「良い会社」だと漠然と伝えるのではなく、「あなたにとって最高の環境がここにある」と具体的に伝えることが、応募の質を高める鍵です。
採用3C分析を成功させるための重要ポイント
3C分析は強力なフレームワークですが、ただ空欄を埋めれば自動的に正解が出る魔法の杖ではありません。
実際に成果を出している企業と、分析しても採用課題が解決しない企業には、取り組み方に明確な違いがあります。ここでは、3C分析の効果を最大化し、失敗を防ぐために押さえておくべき2つのポイントを解説します。
「主観」を捨て「客観的ファクト」を集める
分析を行う上で最大の敵となるのが、社内の人間が持っている「思い込み」や「主観」です。
「うちは社員同士の仲が良いから、風通しの良さが魅力だ」「給与水準は業界平均くらいだから、そこまで悪くないはずだ」。このような感覚的な認識でCompany(自社)の欄を埋めてしまうと、実際の求職者の感覚と大きなズレが生じます。
たとえば、社員は「風通しが良い」と思っていても、退職者の口コミサイトには「トップダウンで若手の意見が通らない」と書かれているかもしれません。また、給与が「平均並み」だと思っていても、競合他社が直近でベースアップを行っており、相対的に見劣りしている可能性もあります。
正確な分析を行うためには、自分たちの感覚を疑う勇気が必要です。
転職口コミサイトの辛辣な意見や、選考辞退者が残した「他社に行きます」という言葉。これら耳の痛い情報こそが、客観的な自社の立ち位置を教えてくれる貴重なファクトです。
人事だけで完結させず、経営層・現場を巻き込む
採用3C分析は、人事担当者が一人でパソコンに向かって行うものではありません。必ず、現場の社員や経営層を巻き込んで進めてください。
なぜなら、採用は人事だけでは完結しないからです。せっかく人事がターゲットを明確にし、魅力的なコンセプトで母集団を集めても、実際に面接を行う現場の社員や、最終決定を行う社長がそれを理解していなければ意味がありません。
よくある失敗例として、人事は「ポテンシャルのある若手を採用したい」と考えているのに、現場の面接官は「即戦力スキルがない」という理由で不採用にしてしまうケースがあります。これは、分析プロセスで「どのような人材が必要か」という合意形成ができていないために起こります。
このようなミスマッチを防ぐためにも、分析の段階から関係者を巻き込みましょう。
たとえば、現場のエース社員にヒアリングをして「活躍している人の共通点」を探ったり、分析結果を基にしたターゲット像を経営会議でプレゼンして承認を得たりします。こうしてプロセスを共有することで、組織全体が同じ方向を向いて採用活動に取り組めるようになります。
採用3C分析に関するよくある質問(FAQ)
最後に、採用3C分析を実践しようとした際に、多くの人事担当者が抱く疑問とその回答をまとめました。導入への不安を解消するためのヒントとして活用してください。
まとめ:採用3C分析で「選ばれる企業」への変革を
ここまで、採用3C分析の手法と実践ポイントについて解説してきました。
3C分析は、単なる「分析ツール」ではありません。自社が社会に対してどのような価値を提供できるのか、どのような人材と共に未来を作りたいのかという、企業の存在意義そのものを問い直すプロセスでもあります。
採用市場において「絶対に勝てない企業」は存在しません。もし採用がうまくいっていないとしたら、それは「強みがない」のではなく、「自社の強みに気づいていない」か、あるいは「強みが刺さらない相手(間違ったターゲット)にアプローチしている」だけの可能性が高いのです。
まずは、次回の面接で候補者に「他にはどんな企業を受けていますか?」と一つ質問することから始めてみてください。その小さな一歩が、貴社の採用戦略を大きく変えるきっかけになるはずです。
この記事が、貴社の採用活動における「勝ち筋」を見つける手助けとなれば幸いです。